誰かと言葉を交わすことが、心を少し元気にしてくれる

何気ない会話やメッセージが、心と頭に与えている小さな刺激
一日を振り返ってみた時、今日はほとんど誰とも話していなかったな、と思うことはないでしょうか。
仕事に追われていたり、一人で過ごす時間が長かったりすると、気づかないうちに自分の考えの中だけで一日が終わってしまうことがあります。特に悩み事がある時は、そのことばかり何度も考えてしまうものです。
そんな時、誰かと少し話しただけで、気持ちがふっと軽くなることがあります。問題そのものは何も変わっていないのに、話す前とは少し違って感じられる。
なぜなのでしょう。
人と言葉を交わすという、ごく普通のことの中には、実は心や頭に働きかける、いろいろな要素があるようです。
会話をしている時、頭は意外と忙しい
誰かと話している時、私たちはあまり意識せずにたくさんのことをしています。
相手の話を聞きながら内容を理解し、以前の記憶を探し、自分はどう思うかを考え、それを言葉にして返します。さらに相手の表情や声の調子を見ながら、少し言い方を変えることもあります。
たとえば、昨日見たテレビの話をしているだけでも、思い出す、考える、言葉を選ぶ、相手の反応を見るといったことを短い時間の中で繰り返しています。
米国では、社会的な交流が少ない高齢者に、ビデオ通話を使って定期的に会話をしてもらう研究が行われています。その研究では、一定期間会話を続けた人たちに、認知機能の一部で良い変化が見られました。
もちろん、この結果だけで、人と話せば頭が良くなるなどと言えるわけではありません。ただ、普段何気なくしている会話が、実はいくつもの頭の働きを同時に使う行為であることは興味深いところです。
自分とは違う考えを聞くこと
人と話していて面白いのは、こちらの予想とは違う答えが返ってくることです。
自分では当たり前だと思っていたことを、相手はまったく違う角度から見ていることがあります。最近のニュースについて話したり、映画を見終わったあとに感想を言い合ったり、旅行先を決める時や仕事の進め方について意見を交わしたりする時にも、そうした違いに気づくことがあります。
どうしてこの人はそう考えるのだろう、と考えるだけでも、自分一人で考えている時とは違います。
心理学では、相手の立場を想像したり、相手がどう考えているのかを理解しようとしたりする時に、記憶や注意、判断など、いくつもの働きが関係すると考えられています。
自分とは違う考えに触れることも、会話から得られる刺激の一つなのでしょう。
親しい人とだけ話せばよいわけでもない
人とのつながりというと、家族や親友のような親しい関係を思い浮かべる人が多いかもしれません。もちろん、そうしたつながりはとても大切です。
でも実際の日常では、近所でよく顔を合わせる人や、いつも行くお店の人、会社で時々話す人など、それほど親しいわけではない人と言葉を交わすこともあります。散歩の途中で挨拶をしたり、旅行先でたまたま隣り合わせた人と少し話したりすることもあるでしょう。
研究では、こうした知人や顔見知りとの短い交流も、幸福感や、自分が社会の中にいるという感覚と関係することが報告されています。
何十分も話す必要はなく、今日は暑いですね、とか、最近忙しいですか、といった一言だけで終わることもあります。
最近は、在宅勤務やオンラインで済ませられることが増え、人と会わなくてもかなりのことができるようになりました。便利になった反面、以前なら自然にあった、こうした小さな会話が減っている人もいるのではないでしょうか。
何気ない雑談も、案外大切なものなのかもしれません。
自分が社会の中にいると感じられること
誰でも、時々自分に自信が持てなくなることがあります。
仕事がうまくいかなかったり、人間関係で落ち込んだり、これから先のことが不安になったりすると、自分は何をしているのだろうとか、自分は誰かの役に立っているのだろうかと考えることもあります。
こうした気持ちは、年齢に関係なく誰にでも起こり得るものです。
一人で考え続けていると、その考えがだんだん大きくなってしまうことがあります。そんな時、誰かと話し、自分の言葉に相手が応えてくれることで、一人で考えていた時とは少し違った気持ちになれることがあります。
心理学の研究でも、人から受け入れられているという感覚や、自分には居場所があると感じることは、自己評価や心の安定と関係すると考えられています。
大げさな励ましをしてもらわなくても、自分の話に誰かが耳を傾けてくれる。そのこと自体が大切な時もあるのでしょう。
話しても、問題はすぐには解決しない
悩みを誰かに話したからといって、問題が消えるわけではありません。
仕事の悩みも、お金のことも、人間関係のことも、話しただけで片づくものではないでしょう。それでも、話したあとに少し気持ちが軽くなった経験は、多くの人にあると思います。
研究の世界でも、人から心理的な支えを受けることと、ストレス反応との関係は長く調べられてきました。
また、話すことには別の面もあります。
頭の中だけで考えていると混ざり合っていたことが、声に出しているうちに少しずつ整理されていくことがあります。話しながら、自分は本当はこう思っていたのか、と初めて気づくことさえあります。
誰かに話しているようで、同時に自分自身の気持ちを確かめているのかもしれません。
電話でも、メッセージでもいい
人との交流は、直接会って話すことだけではありません。
電話で声を聞くこともあれば、LINEやメールで短いメッセージを送り合うこともあります。日本で行われた研究でも、家族や友人との電話やテキストメッセージによる交流と、孤独感の低さとの間に関連が見られています。
特に若い世代では、実際に会って話す時間よりも、メッセージでやり取りする機会の方が多いことも珍しくありません。
元気にしているか聞いてみたり、今日あったことを伝えたり、面白かったニュースを送ったりする。長い文章や特別な話題でなくても、そこから会話が始まることがあります。
人とのコミュニケーションの形は時代とともに変わっていますが、言葉を送り、相手から言葉が返ってくるという部分は昔から変わっていないのかもしれません。
誰かの話を聞くことも、自分のためになる
人とのつながりについて考える時、つい悩んでいる人が誰かに助けてもらう場面を思い浮かべてしまいます。
でも会話は、いつも一方通行ではありません。
高齢者が別の高齢者に電話をして話を聞く取り組みについて調べた研究では、支援を受ける側だけでなく、話を聞く側が役割を持つことにも注目が集まりました。
これは高齢者に限った話ではありません。
友人から相談されたり、職場で意見を聞かれたり、家族からどう思う、と尋ねられたりすることがあります。そんな時には、自分の考えや経験が誰かに求められています。
世の中の役に立つというと、何か大きなことをしなければならないように感じますが、人の話を聞いたり、自分の考えを伝えたりすることも、人と人との間にある役割の一つです。
人に必要とされることが、自分自身の気持ちにも良い影響を与えることがあります。
長い目で見た社会的な交流と認知機能
ここまで見てきたのは、会話をしているその時に何が起こるのかという話でした。
一方で、もう少し長い時間軸で見ると、人との交流が日常的にあることと、年齢を重ねた時の認知機能との関係も研究されています。
冒頭でも触れましたがこれまでの観察研究では、社会活動への参加が多い人や、人との交流が比較的活発な人ほど、認知機能の低下が緩やかな傾向があることが報告されています。
ただし、これは人付き合いの多さだけで決まるという意味ではありません。認知機能には、睡眠、運動、食事、体の健康、生活環境など、さまざまなことが関係します。
それでも、長い年月の中で人と関わり続けることが、頭を使う機会や社会との接点を保つことにつながる可能性はあります。
高齢者を対象にした研究が多い分野ですが、社会との関わり方は高齢になってから突然始まるものではありません。若い時からどのように人と関わり、どのように会話や交流を続けているかも、長い人生の中では一つの生活習慣として考えられそうです。
人とのつながりは、健康を考える時にも注目されている
近年では、人とのつながりそのものが健康に関係するものとして、以前より注目されるようになっています。
世界保健機関 WHO も、孤独や社会的な孤立を世界的な健康課題として取り上げています。これは、孤独が単なる気分の問題ではなく、心身の健康と幅広く関係していることが分かってきたためです。
ただし、人付き合いは多ければ多いほど良いということではありません。
大勢の人と付き合うことが苦手な人もいますし、一人で過ごす時間が好きな人もいます。気を遣う人間関係なら、かえって疲れてしまうこともあります。
大切なのは、無理に交流を増やすことではなく、自分にとって心地よい形で人との関係を持つことなのでしょう。
久しぶりに誰かと話したら、思いがけず話が弾んだ。特に何かが解決したわけでもないのに、話し終えたあと、少し気分が良くなっていた。
そんな何気ない経験にも、私たちが思っている以上の意味があるのかもしれません。
